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この記事のみを表示する嫁と姑の思惑

涸れ川に、流れる花

嫁と姑の思惑

涸れ川に、流れる花 および、 暁に惑う月の番外編です。
ヨルゴスとシェリアのその後。




 仕事を終えて自室の長椅子でくつろいでいると、扉が不機嫌そうな音を立てて開いた。現れたのは小柄な女性。背丈ほどある長い髪を丁寧に結ってある。星明かりのような光をまとった姿は歳を重ねても瑞々しいと、ヨルゴスは目を細めた。
 だがただひとつ文句を言わせてもらえば、眉間にしわが寄っているのがいただけない。
「また喧嘩かい」
「だって、お義母様はまたアリスの縁談を潰したのよ。『あの子にはエマ王女を娶ってもらわないといけないから』ですって。これで五度目よ?」
 ぷりぷりと怒る妻の顔も可愛らしい。だけどそう口に出せば、機嫌をとっているとさらに怒るのだろう。ヨルゴスはやれやれと息をつく。
 癖の有り過ぎる母と対等にやりあってくれる妻には感謝してもしきれない。自ら矢面に立ち、ヨルゴスに飛んでくる火の粉を払ってくれる。そこまでしてくれなくても大丈夫だと言っても、私がそうしたいのだと譲らない。そういった面で、彼女は王妃とよく似ていると感じる。アウストラリスの妃たちはほんとうに強い女性ばかりで、男どもはこぞって頭が上がらないのだ。
「母はなんとかして王位を手に入れたいと思っているからねえ。確かにエマ王女を妃にするなら、下手に家柄の良い娘は邪魔になるから」
 くすりと笑うと妻の目は釣り上がる。
「のんきに笑ってる場合じゃないわよ、アリスはもう二十なのよ!?」
「大丈夫だよ。僕が君と結婚したのは二十七の時だ」
「それは、そうだけど……でも、」
 妻は言葉を濁す。言いにくいのはわかる。おそらくアリスの女性経験についての不安なのだろう。確かに他のアウストラリスの王子にはそれぞれすでに何人かの妃がいる。女性に興味を持たないアリスは他の王子に嘲笑われている。男が好きなのかとか――そんなにエマが怖いのかとか。
「跡継ぎのこともあるし」
「君も『早く孫が見たい』なんて、母みたいなことを言うのかな?」
 穏やかに釘を刺すと妻はぎくりと顔をこわばらせる。
「でも、大事なことでしょう? この歳で妻の一人もいないなんて……」
 確かにこれまでのアウストラリスの王族を考えると異例だから、心配する気持ちは分かった。だけど、ヨルゴスは異例であれど、自分が正しいと感じていたし、妻にも理解して欲しいと思っていた。
「僕はね、君を泣かせたことを今でも後悔しているから、アリスには本当に愛する女性だけを娶って欲しいと思っているんだ」
 妻の目元がじわりと赤らむ。ヨルゴスは彼女においで、と長椅子の隣を指さした。妻はつんと澄ましながらも素直にヨルゴスの隣に腰掛ける。肩を抱き、長い銀髪を撫でると、「ごめんなさい」と妻は謝った。
「焦ることはないよ。あの子はちゃんと考えている」
 妻は大きくため息をつく。
「でもどうしてエマ王女なの? どうしてそんな苦労をしようと思うの」
 まだ認めるには至らないらしい。あの娘のことを嫌っていないはずだが、結婚となると話は別ということなのだろう。
「じゃあ、どうして君は気に入らないのかな? メイサの娘だし、いい子だよ」
「メイサに似ていたら反対していないわよ。あのわがまま王女と一緒になったら大人しいアリスが我慢するばっかりじゃない。今でさえああなのよ? 尻に敷かれるのは目に見えてる」
 顔を赤くして訴える妻は昔と変わらず愛らしい。愛らしさに歳は関係ないのだと彼女を見るたびにヨルゴスは思った。微笑ましくてじっと見つめていると、妻は怒った。
「何を笑ってるの。私は真剣なのよ!?」
 ヨルゴスは吹き出すのをこらえられない。
「だってね、シェリア。それは同族嫌悪って言うんだよ」
 妻は目を丸くした後、耳まで真っ赤になって目を釣り上げた。
「私、あんなにわがままじゃなかったわよ!」
「君もよく言うじゃないか、エマ王女は父親そっくりだって。ルティリクスにそっくりなら、つまり君にもそっくりだよ」
「……………」
 妻は憤慨するあまり言葉を失っている。
「じゃ、じゃあ、あなたはそれでいいと思ってるの。あの王女に振り回されるのは目に見えてるのに。それに反発する人間もきっと多い」
 宰相であるヨルゴスの息子と王の娘が結ばれれば、国内の貴族はこぞって嫌な顔をするだろう。力が偏りすぎるのは嫌われる。反発する勢力が結託しかねない。だけど、それでも。
「なんとかなるものだよ」
 ヨルゴスは全力で守るつもりだが、親の助けがなくとも、エマ王女のカリスマ、息子の清廉さが味方を生むと信じている。
「あなたがそう言うなら、そうかもしれないけれど」
 妻は納得いったようないかいような顔をしたあと、気まずそうに上目遣いでヨルゴスを見上げた。
「って、……あの……エマ王女と私が似てるってことは……あなた私と結婚して、我慢してたの?」
 先ほどの会話から己を顧みてしまったらしい。あれだけ毒を吐いておいて、こういうところで細やかなのだから面白い。
「僕は君に振り回されているけれど、それが幸せでたまらない」
 安心させるように微笑むと、妻は先程とは別の意味で言葉を失い、顔を赤らめる。
 黙り込んだ妻の手をとり、励ますように握った。
「本当にアリスは大丈夫だよ。それにね、たぶん母の思い通りにはならないから、君がくやしがることもない」
「どういう意味?」
 その時は母は、それから妻はどんな顔をするのかなあ……勃発する嫁姑戦争を考えて苦笑いが出た。だけどおそらくそれが一番皆が幸せだ。
 ――そうなるといい。そうなるに違いない。
 それは願望だろうか。予感だろうか。
 まなうらに映る未来は、ひどく鮮やかで、まるですでに実現したかのように思えた。
「きっとすぐに分かるよ」
 皆が眩しそうに目を細めている。その表情は、新しい時代の到来に、希望で顔を輝かせているかにも見えた。
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